21st 10月2012

OTOSHA36「精神の明治維新」day2受講記録(by JIN)

by JIN

おとなの社会科CS担当のJINです。
OTOSHA36「精神の明治維新」day2の受講記録を書きます。

本稿では、受講者目線で、セミナーの受講記録を書きます。なお、一部JINの私見にわたる個所が含まれる点、ご容赦ください。

10月は「明治維新の精神史」をテーマとして、3回、セミナーを行いました。同月は、株式会社プロジェクトプロデュース様のご厚意により、教室をお借りして実施します。

Day2では、靖国神社について、議論を深めました。

Day2のポイントは、次の3点です。
■靖国神社は、明治以前の神道とは性格を異にしている
■靖国神社における合祀は、信教の自由を侵害する
■靖国信仰が、日本人の無宗教観を助長している

以下、具体的に書きます。

■靖国神社は、明治以前の神道とは性格を異にしている

明治以前の神道は、「古事記」「日本書紀」に連なる天皇家に続く神道もあったものの、その他にも、様々な信仰の集合体でした。

たとえば、天皇家筋に近いものの中でも、スサノオノミコトの息子とされるオオクニヌシを神様と祀る出雲大社があります。これは、アマテラスを神様とする伊勢神宮、つまり明治政府が拠り所とした神道とは異なる系列の神道です。なので、天皇は、出雲大社にはお参りしません。

また、日本各地には、安産祈願・一家安泰等々、庶民が祈願に詣でに出向く、小さな祠を設けた神社が沢山あります。これらは、必ずしも、仏教との垣根も明確でないままに、庶民の他力本願信仰の拠り所となってきました。こうした神社にお参りする庶民は、信仰のその先に、天皇を意識したりはしませんでした。

これに対して、明治政府は、自らの正統性の根拠となる天皇の権威付けを図るために、廃仏毀釈を行い、神道をアマテラスから天皇に連なる宗教への改変を図りました。そして、天皇のために殉職した者を祀るための神社として設けられたのが、靖国神社です。

こうした経緯から、靖国神社は、従来の神道とは様相を異にしている点があります。たとえば、靖国神社には、天皇に刃を向けたと判断された者は祀られません。西南戦争の西郷隆盛や戊辰戦争の幕府方の武士等が、そうです。これに対して、古来、神道では、菅原道真や平将門等、逆臣も祀る事で、その祟りを抑えようとして来ました。また、明治政府も、従来から力を持っていた出雲大社をアマテラス系の神道の傘下に収めることは出来ず、共存の道を図らざるを得ない状況になりました。元々、明確な教組・経典・組織等を持たない神道を1つにまとめようとする試み自体に無理があったのです。これに対して、古来の神道では、もとより様々な信仰の集合体自体を許容する信仰だったため、そこに矛盾は特に生じていなかったのです。

■靖国神社における合祀は、信教の自由を侵害する

明治以降の軍部がつくりだした神道信仰により、第二次大戦を戦った日本人の兵士たちの中には、「靖国でまた会おう」という言葉を残して散っていった人達も数多くいました。靖国神社は、そうした人達の遺族の心の支えとなっています。

他方で、日本人兵士あるいはその遺族の中には、神道以外の信仰を持つ者もいました。また、兵士は、日本人だけではありません。朝鮮や台湾から連れて来られて戦地で亡くなった方々もいます。それでも、本人や遺族の意思に関わりなく合祀してしまうのが、靖国神社の決まりです。それは、異なる信仰を持つ者の信教の自由を侵害する行為です。

また、第二次大戦末期の外地における死は、戦闘によるものの他、餓死や病によるものも数多くありました。そうしたケースにおいて「靖国でまた・・・」等と言っている余裕がある筈もなく、故に、合祀に反対する人もいます。ここでも、靖国が祀る神道に与したくないという信教の自由が害されています。

■靖国信仰が、日本人の無宗教観を助長している

靖国神社は、天皇のために戦争で殉職した兵士をすべて一緒に「合祀」するものです。その中には、第二次大戦後の東京裁判で有罪判決を受けたA級戦犯も含まれています。この事が、多くの日本人が、神道を純粋に自らの信教とする事に違和感を感じてしまう理由となっていると考えられます。東京裁判の是非については様々な議論がありますが、1950年の日本の独立は、サンフランシスコ条約において、東京裁判を認める事を前提として達成されています(同条約11条 http://goo.gl/b0MRN)。したがって、自分達が、初詣等でお参りする神社が天皇に連なる神社であり、その頂点には、A級戦犯も含めて合祀する靖国神社がある等と言われてしまうと、神道を自らの信教とすると明言する事に違和感を感じてしまう事に繋がってしまうと考えられます。

海外において「無宗教主義」とは、あらゆる絶対的価値観を否定するニュアンスを持っており、「無政府主義」と、ほぼ同義にあります。そのため、海外で「無宗教」と表明すると、「かなり変わった人」と見られてしまいます。日本人は、実際には、神道的な信仰を持っている人が多いと思いますが、神道を信仰しているとは正面切って言えない屈折した状況にあります。その背後には、靖国神社がA級戦犯を合祀している事があると考えられます。

(by JIN)

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