22nd 5月2013

OTOSHA41「尖閣問題」Day2受講記録(by JIN)

by JIN

おとなの社会科CS担当のJINです。
OTOSHA41「尖閣問題」Day2の受講記録を書きます。

今年のおとなの社会科では、「議論する力をつけること」を目標として、毎月テーマを決め、月2回のセミナー構成とします。Day1で、テーマに関するイシューを固め、そのイシューを元にFacebookで議論を深めた後、Day2を総括のセミナーとします。

4月のテーマは「尖閣問題」でした。デジタルハリウッド大学様のご厚意により、会議室をお借りして実施しました。

Day2の具体的内容については、スタッフの天平さんが(かなり前に・・・)紹介していますので、そちらを参照してください。http://otosha.com/?p=693 記事をアップするのが遅くなって申し訳なかったのですが、私は、天平さんとは別の切り口で、感じた点を書いてみます。

Day2では、いくつかの尖閣に関する記事を取り上げ、その批評を行ったのですが、そのうちの1つが、交戦権規定を整備して自衛隊を強化し、尖閣を固めるべき、というものでした。この見解に直ちに反対するという事ではないのですが、少なくとも、次の3点には留意して思考を進めるべきです。

■交戦権規定はシビリアンコントロールときわどい関係にある
■日本の軍備の国際化は米国への軍事協力の道である
■軍事的勝利は国家の勝利ではない

以下、具体的に書きます。

■交戦権規定はシビリアンコントロールときわどい関係にある

現状、わが国には自衛隊が尖閣諸島で戦闘に突入した場合の交戦規定がありません。もしも尖閣諸島周辺で日中両軍が発砲し合う事態になったら、自衛隊は、刑法上の正当防衛や緊急避難が認められる範囲で殺人罪、傷害罪、器物損壊罪等について無罪になるに過ぎません。結果、逆に、その無罪を認めるための法規範がなし崩し的に裁判所によってつくられていってしまう危険性をはらんでいます。このことは、文民(シビリアン)である選良(内閣・国会)による軍のコントロールを逸脱し、司法の独走を招く可能性があります。

現に、世界中を見渡しても、交戦権規定を持っていない国は、ほとんどありません。民主国家であれば、シビリアンコントロールを軍隊に及ぼすことで、その暴走を抑えることを図っています。

しかし、現在交戦権を憲法で禁じられている日本が交戦権規定を持つことは、軍隊による戦闘の容認になります。そして、それは、昭和の30年戦争の「いつか来た道」を彷彿とさせてしまうのです。1931年の満州事変、1937年の盧溝橋事件のいずれも、発端は、出先の軍隊の、陰謀とも言われる小さな小競り合いでした。出先軍隊の暴走の正統化を内地中央が阻止できなかった事が戦争の泥沼化を招いてしまいました。

日本が曲折を経ながらも、戦後、未だに交戦権規定を持っていないのも、この生々しい記憶があり、規定制定運動に何度も反対勢力がくぎを刺して来たからです。「シビリアンコントロールに資するから」という安易な言葉だけを頼りに交戦権規定を設けてしまうのには大きな危険を伴います。

■日本の軍備の国際化は米国への軍事協力の道である

日本は、憲法で交戦権を規定していますので、交戦権を認めることは、つまり、戦争放棄を定めた憲法9条の改正を意味します。

しかし、共産党も含め、今現に存在する自衛隊について違憲とし、直ちに解体すべきと唱えている政党は、少なくとも、国会には存在しません。苦しいながらも、どの政党も、憲法9条の解釈によって、自衛隊の存在そのものは認めているのです。

そうすると、今、憲法9条の改正を求めている勢力は、自衛隊の存在根拠を認めるのとは別の意図を持っていることになります。それは、自衛隊の海外派兵です。

たしかに、日本は人的な意味でも国際貢献すべきだとする論の聞こえは良いです。しかし、これまでの、たとえば、イラクへの「人道支援」の実質は、米国への軍事協力でした。実質的に米国の属国の地位にある現状で自衛隊の海外派兵を認めてしまえば、事実上は、自衛隊が米国の手足としての軍隊となってしまいます。

したがって、憲法9条の改正および自衛隊の海外派兵を主張するのであれば、1つの方法としては、米国の属軍となることを許容する立場を取る必要があります。もう1つは、それを潔しとしないのであれば、米国の傘の元を離れて軍隊を持つ具体的なシナリオを持っていなければ説得力を欠く事になります。

■軍事的勝利は国家の勝利ではない

最後に、仮に、交戦権規定を得て中国軍を威嚇又は駆逐し、一時的に尖閣諸島の水域の軍事的な実効支配を得ることが出来たとしても、それが長期的に見た「日本の勝利」とは言えないという視点が非常に重要です。戦争は、外交の1つのカードに過ぎないからです。外交が戦争に従うのでは無くて、戦争が外交に従うという視点が、国益を考える上では非常に重要です。

尖閣諸島周辺の漁業権や資源採掘権、また、広く日中両国の市場における互いのビジネス上の利益を考えた時に、尖閣での軍事衝突がもたらす損失をカバーし得るかどうか、という冷静な外交の視点から、尖閣問題を俯瞰的に捉える事が何よりも重要です。

(by JIN)

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